先日、このような記事を見つけました🙂
私の母は40年間、お寺のお庫裏(くり・住職の妻)として、そしてお寺に併設してある幼稚園の副園長を務めました。
母は神奈川県の牧場に育ち、書家を志して進学した大学で父と出会い、お寺へ嫁いだ人です。
家族も友人もいない、まったく慣れない環境に跳び込んでみたものの、書を書くこと以外、何もできないと感じていた母は、せめて「愛語」を使うように心がけていたそうです。
福厳寺の檀家の中に、頻繁にお寺へやってくるひとりのお婆ちゃんがいました。
お婆ちゃんの口癖は、「もう生きとってもしょうがない。はよ死にたい」。
そして、世間話のついでに「お嫁さんへの不満や悪口」を延々と話して帰っていくのでした。
当時、母はまだ若く、お嫁さんの年齢とさほど変わらなかったので、お婆ちゃんの愚痴を聞きながら、「我が身のことを言われているようで辛かった」と言います。
ある年の春のこと。
そのお婆ちゃんの紹介で、幼稚園にお孫さん(お嫁さんの子ども)が入園してきました。
母がお嫁さんと話をしたところ、おとなしく、不器用なところもある一方で、「とても素直で、かわいらしいお嫁さんだ」と感じたといいます。
母が、「お義母さんがよくお寺にいらっしゃる」と伝えると、お嫁さんは「私は世間知らずで気が利かないから恥ずかしい。けれでもそんな私にも義母はよくしてくれる」と語ったそうです。
その日以降、母は、そのお婆ちゃんがお寺に来るたび、「お嫁さんがお婆ちゃんに感謝している」ことに加え、お孫さんの良いところを褒めて聞かせたそうです。
お婆ちゃんは最初、「まー、あれがそんなこと言っとったかね」と驚いた様子でしたが、次第にお嫁さんの悪口を言わなくなっていったといいます。
そして、ついに「お嫁さんに良くしてもらったこと」を、嬉しそうに報告してくれるまでになったそうです。
母は40年の経験を振り返りながら、「愛語」の力を確信して言っていました。
「人は3人集まると誰かしらの悪いことを言う。けれども、ほんのちょっとした愛語がきっかけで、そうした愚痴や陰口がやんでいくものなの」と。
回り回って本人の耳に入った愛語は、「その人の魂まで届く」ほど、大きな力を持っています。
《人間関係を円滑にするには、愛語を実践する。間接的に人を褒める。そうすれば相手からも、優しい言葉、慈愛に満ちた言葉、愛情のこもった言葉をかけてもらえるようになるはずです。》
「愛語よく回天の力あり」
道元禅師の言葉だ。
愛語は、困難な状況や難しい局面を、ひっくり返す力を持っている、ということ。
反対に、ネガティブな言葉、ののしりや悪意の言葉には、一瞬にして状況を悪化させる力があるということだ。
そして、愛語の中でも最強なのが、本人のいないところで人をほめる「陰ほめ」。
その逆が、「陰口」。
「愛語は人の魂に刻み込まれる」
愛語の実践を重ねたい。
そー言えば、僕は人をほめるとき、本人さんを直接ほめる事はあっても、「陰ほめ」はあまり言ってないかも🤔
早速意識して取り入れてみよう❗
今日も、ありがとうございました🙇